世界に通用する日本発のモノを作りたい。
その想いから、2019年4月、「プロジェクトsmk-X」が立ち上がった。
プロジェクトを指揮するのは、電子部品の開発、製造、販売を行う世界的部品メーカー・SMK株式会社の原哲雄、そして本プロジェクトでタッグを組むパートナーの1人、幅広い産業分野のデザインマネジメントに従事し、世界の名だたるデザイン賞を数多く受賞するデザイナー・田子學。
プロジェクトが目指す、これからの日本の物作りとは──?
今、日本が抱えている危機。
原 本当に今、世界と戦える日本発の商品がなくなっていると感じます。昔はCEATECといえば、日本のエレクトロニクス系のメーカーは様々な自社ブランド商品を出していたけれど、今は B 2 B のソリューション展示ばかり。日本が電子部品/システムのサプライヤーと化しているなと。
田子 テクノロジーが行き詰まっている状態ですね。日本は戦後以降、技術という文脈でしか勝負してこなかった。その中での優位性は、もうコスト競争力と、匠といった世界でしかない。生産能力に対しての単価を下げていくことで世界を席巻したマーケットを持っていたけれど、アメリカの失敗の歴史を見ても明らかなように、これが未来永劫続くことはない。その先行したアメリカを見るとわかるのが、技術の次に来るものが想像力(クリエイティビティ)だということ。他とどう違う戦略、文脈を作れるかです。
原 そうですね。「プロジェクトsmk-X」の目指すものでもあります。電子部品の提案にとどまらず、もっと上流の商品企画やコンセプトの段階から、新しいものを一緒に作っていきたい。実際お客さんにヒアリングすると、いい商品が出せない理由がたくさん出てきます。社内のメンバーだけで話していても既存の延長線上のアイディア・商品しか出せずに終わってしまうとか、社内が硬直しているとか、そういった話をよく聞きます。そこで、産業分野のデザインマネジメントの経験も豊富で、高いレベルでお仕事されている田子さんに相談に乗っていただいた。
世界が注目する、デザイン経営。
田子 今、世界的にベンチャーが盛んですが、この間アメリカのベンチャーキャピタル(以下VC)の人と話をする機会があったんです。ベンチャーに賭けるか否かを判断する材料の一つに、経営にデザインが入っているかを見るんだそうです。かつてのAppleやGoogleも経営の基本にデザインマネジメントを取り入れていましたが、今VCが注目するポイントもデザイン。これはイギリスでも同じで、デザインが経営の中にしっかり根付いている会社は、4倍のビジネス的な見返りがあるという数字が出ているんです。日本の場合はというと、去年から経産省が「デザイン経営」という言葉を使い始めていて、経営にデザインを入れることを次の戦略の矢としようとしきりに言い出した。僕らからすると、今頃かよと思ったりもしますが(笑)。2014年に日本を活性化させるために書いた著書『デザインマネジメント』(日経BP刊)があるんですが、それを実施する部隊としてこのプロジェクトが機能すればいいなと考えています。
原 中国版と台湾版が出ているんですよね。各国の反応はどうでしたか。
田子 面白いのが、日本より反応が早かった。5年前に書いた時、すぐに響いたのが台湾でした。様々な産業のライフサイクルが年々短くなる中での世界の工場として、台湾はものすごいスピードで消耗していた。そんな時、メイドイン台湾というものが、実はメイドインジャパンぐらいポテンシャルがあると分かってきて、それをブランド化したいとなった。生産だけではなく、デザインが必要だと感じ始めたんですね。そこで2010年に、むちゃくちゃお金をかけて世界中のデザイナーを呼んで、世界デザイン大会を開催したんです。これからクリエイティブ産業を始める会社に対して「税制優遇するのでどんどん起業してください、国が応援しますよ」というものだった。そんな背景もあってこの本が注目され、日本での発売の約半年後に出版されたんです。すると、また半年後ぐらいに中国語版をという話になり、去年の7月に発売されたんです。かなり反響があり、今年の初頭から頻繁に中国に呼ばれていて、この間は上海へ。経営者を500人ほど集めたところでの講演でした。
原 日本と違って、企業側と政府側のマインドが合致している。だからスピード感がありますよね。
大企業が抱える、共通の悩み。
原 中国やアメリカの社会実装の仕方はとにかくやってみよう、というものです。規制があってもグレーな部分があってもスタートする。社会実装してうまくいけば、それに合わせて規制や社会も変わっていきますしね。日本はというと、大企業の共通の悩みでもありますが、グレーな部分があると進めない。100%安全じゃないと動けない、だから出遅れてしまう。
田子 よくPDCA(Plan/Do/Check/Action)と言われますよね。まずP(計画)を、と。でも、Dにも行き着かないことがあると聞きます(笑)。大変な承認プロセスを通ってもその先に待っているのがPOCで、そこでもここが出来ない、あそこが出来ないと散々いじめられる。今出来る範囲でどうなのかという可能性を探らずに、潰しにかけるようなことをやっていて勿体ないなと。それは本当に市場の声なのかと思います。
原 コンセプトが市場に受け入れられるか、顧客のニーズに合うかどうかを探るためのもののはずが、POCの目的が変わっちゃうんですよね。完璧を求めてしまう。気付けば1、2年が経っていたなんてことも。うちの会社でもありますが(笑)。膨大な時間と労力を使って内側に向けた資料作成をしている間に、違う国で誰かがスタートさせていたりする。
田子 なぜ、日本の大企業はそうなんでしょう。
原 同じような成功体験をした人で構成されている。上がしてきたことと同じレールの上でしか動けないのかもしれません。
田子 創造的な経験値がないというか。知っているパターンじゃないと前に進めないのは問題ですね。その壁を打ち破るにはどうしたらいいんでしょう。
原 成功事例を作ることだと思います。そのためにはPからでなく、DCAからやればいい。大企業とスタートアップでは、そもそもスピードや意思決定の仕方も違いますが、大企業の場合で言えば、ダブルスタンダードを持って、100%で出すものと、スモールスタートで6、7割の出来でもまずパッと出すものとの棲み分けをすれば良いと思います。どちらかの基準だけでは上手くいかない。それと、外部の血を入れるのも有効です。アメリカの大企業はよくM&Aやオープンイノベーションをして外の新しい技術を取り込んでいます。AppleやGoogleにしても、自分たちでもやるけど外からも買う。相当昔からベンチャーへの投資や買収をやっている。だからシリコンバレーがあれだけ賑わっているわけで。日本はそういうのがまだとても下手だし、活かしきれてないですね。
smk-Xが目指すモノ作り。
原 最近 IoTの流行で、新しいビジネスチャンスが増えてきています。今までエレクトロニクスと全く関係のなかった会社が、自社製品にセンサーつけたらどうなるか、IoTできるんじゃないの? と考え始めている。そうすると、全くエレクトロニクスの経験がない会社がお客さんになる可能性が出てきたり。例えば、ハンガーだって物干し竿だって、何でもセンサーとか付けられるわけです。そういった会社が、クラウドと繋がることでどんなユーザーエクスペリエンスを作り上げていくかということをトータルで考えるには、外部の力って必要だと思うんですよね。今は歯ブラシにもセンサーが付く時代。履歴から歯の磨き方を指導してくれたりね。なので、我々としては歯ブラシ会社にも提案できないといけない。どんなセンサーをつけて、どんなデータ分析をしたら良いかと。
田子 おっしゃる通りです。今までコスト競争力や技術の優位性だけで攻めていくしかなかったところに、クリエイティビティが入る。もっとこういう使い方をしたらこんなことができるよね、となった時、それは大きなビジネス戦略になってくると思います。
原 このプロジェクトには、従来の大手電機メーカーに元気がないことに対してのソリューションという面と、今までエレクトロニクスとは全く無縁のメーカーが新しいことをやりたいという時の、我々ができる提案という面があります。今はオープンイノベーションブームで、新しいテクノロジーがたくさん出てきている。今までは個の力だったところから、様々な組み合わせでのソリューションに切り替わってきています。
田子 今までが相手の悩みに対して直球で返すことだったとしたら、これからは全然違う球を投げてあげるということですね。それが、実はとても大きな価値になる時代です。そういったクリエイティブを、僕らの業界では DJ と呼ぶんです。フロアがどう喜ぶか、その温度を見ながら曲を組み合わせていく、クラブとかの、あのDJ。レコードやCD を回して、ただそれだけで盛り上がる時代から、ある人がそれをMIXさせるという手法に気づいた。聞いたことのある曲が全然違うニュアンスのものになって、そこから音楽のバリエーションが圧倒的に増え、新たなステージが生まれていった。素晴らしいアーティストがたくさんいる中で、それをどうMIXさせるか──これは今の物作りの世界にも同じことが言える。まさにこれからは組み合わせの時代です。そこでは誰が、どう組み合わせるかがとても大切になってくる。
原 DJとは、なるほど。現在オープンイノベーションブームで、組み合わせは無限にあるわけですからね。一方このブームの悪い面もあって。イベント屋や大手広告代理店がコンサルをしてコンセプトを作り、展示会でプロトタイプまでは作るけど、それで終わりというケースもよく見ます。でもそれじゃ意味がない。SMKは実際に物作りをしている会社なので、どうやったら量産でき、利益を出せるかを考えるし、製造業の困り事や必要なプロセスも理解している。新しい技術の目利きもできますしね。その会社の強みは何か、どんな人がいて、オープンイノベーションでどこと組んだら面白いことができそうか…。単発の物売りではなく、テクノロジーからサービスまでを想像することが、今必要だと思います。私が知る限り、このプロジェクト以外で製造会社がトータルでコンセプトデザインをするというのは聞いたことがないですが、だからこその強みがあると思っています。
田子 學(Manabu Tago)
エムテド代表取締役 アートディレクター/デザイナー
東芝にて家電、情報機器に携わり、家電ベンチャーリアルフリート(現アマダナ)の創始期に参画後、MTDO inc.を起業。企業や組織デザインとイノベーションの研究を通し、広い産業分野においてコンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルにデザインする「デザインマネジメント」を得意としている。 ブランディング、UX、プロダクトデザイン等、一気通貫した新しい価値創造を実践、実装しているデザイナー。
iF PRODUCT DESIGN AWARD 、reddot design award 、German Design Award、GOOD DESIGN AWARD、など国内外受賞歴多数。2013年TEDxTokyo デザインスピーカー。慶応義塾大学大学院 SDM 特別招聘教授、東京造形大学 デザイン学科 特任教授等。
原 哲雄(Tetsuo Hara)
SMK株式会社 取締役常務執行役員
1991年(株)トーメン(現 豊田通商(株))入社、中近東、中国、アジア、米国との国際貿易、事業企画、経営企画、米国ベンチャーキャピタルでのベンチャー投資実務などを経験。通産省プログラムにより米国ベンチャーキャピタルにインターナショナルアソシエイトとして派遣され、投資業務に携わる。2000年に(株)ダイレクトプラネット創業、モバイル・マーケティング事業で数々の国内初・世界初のビジネスを立ち上げ2008年に売却。現在は、電子部品メーカーであるSMK(株)にて営業とマーケティングを担当する取締役として活動。プライベートではウィンドサーフィンで1990年ミストラルクラス世界大会日本代表。フリーダイビングでは2009年AIDA世界大会、2019年CMAS世界大会で日本代表となり、深度競技では現役日本人男子トップの記録(CWT90m)を持つ現役アスリート。